「マネ」は「オリジナル」を超えられないのか

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ツヨシ

ある有名な家系に生まれるものの、一家離散を契機にアート制作に没頭。 受賞歴ありの障がい者アーティスト。

AIコラムの後編。それも重要なのですが、少しばかり置いておいて、先に書いておきたいテーマがあります。

よく言いますよね。「それっぽく仕上がってる」とか。

人のデザインなどを真似するときによく使う言葉ですが、じゃあ、「それっぽい」を極めても「それ」つまり「本物」にはなれないのか?というテーマです。

そもそも「本物のそれ」とはなんでしょう?

それはたぶん、最初に作られたもの、つまり「元祖にして始祖」であり、誰が見てもわかるオリジナリティを有しており、明らかに模倣ではない対象、ということかと思います。模倣すると普通は、「模倣っぽさ」「真似したっぽさ」がだいたい出るものであり、お茶で言うところの2番煎じです。どうあがいても、真似はしょせん真似にしかなれないのでしょうか?

本気で真似したら、あるいはアレンジしたら、本物クラス、あるいは本物を超えることはあるのだろうか?
結論から言うと、あります。しかし、「ただしつき」で、決して多くはありません。

例えばよくある例で言うと「オリジナルより、Youtubeの、あのカバーの方がいいよね」とかいう例。
もしくは、昭和に作曲された、言い方よくないですが今となっては古く聞こえる曲が近代に入ってからカバーされた曲について、「あー、明らかに”現代版”のほうが聴きやすいな」というようなことは経験があるかもしれません。

または僕の経験で言うと、中国製のノートパソコンです。昔、さまざまな国が生産コストの理由からパソコンの工場を中国に建てました。中国の人はその生産技術をじっくり学び、今では先進国に勝るとも劣らない純中国製パソコンを作ってブランドを打ち立てるほどになりました。残念ながら諸事情により、日本の量販店に並んではいませんが(アマゾン等で販売している)、そのカッコ良さとクオリティは「かつてのソニー製パソコン”VAIO”が作ったかのような、とがったパソコン」と呼ぶに相応しいものです。彼らはゼロからマネして、ついにオリジナル(先進国のパソコン)を打ち倒さんばかりのものを作れるようになったのです。

僕は純粋な日本人ですが、やれ「日本はすごい」とか自惚れている間に世界は日本を追い抜き、今では世界での日本の凋落ぶりがささやかれるまでになりました。世界(もちろん、世界の中国含む)にまずは負けを認めることです。負けをいつまでも認めなければ、勝つことはありません。悔しくても負けを認めて、そこから這い上がる。最低限のスタートラインを多くの日本人が拒否していることを、心底悔しいと思っています。

熱めに脱線してしまいましたが、マネがオリジナルを超えるための「唯一の方法」があるわけです。

それは単純な話で、「オリジナルを超える”何か”がある」ことだと思います。
オリジナルを超える意気込み、熱量。オリジナルを超える技巧。オリジナルを超える独自性とコンセプトの完成度。そういったものがあれば、人はそれを「もと(オリジナル)よりいいね」と認めるはずです。そうならないということは、まだオリジナルを超えきっていないということなのでしょう。

この記事の冒頭の画像は、僕がAIに最低限度の指示しか与えずに「ほぼお任せ」で描いてもらったイラストです。AIは人間の知能を模倣するところからスタートし、ついには人間を大きく超えてしまった存在です(AIが人間を超えたことを認めたがらない人々も居ますが、人を超えていることは明白です。例えばこのイラストは指示からおよそ3分でこの形になりました)。マネがオリジナルを超えた、というか「マネのレベルを突き破ってオリジナルになった」好例です。(とはいえ、絵のテイストについては僕がAIをシゴいて、勉強つまりラーニングさせた上での結果の一枚です。)

オマケとして地元、富山の地鉄電車を描いてもらいました。富山地鉄電車のイメージを学習させてから、秋の紅葉の山を走るようすをファンタジー風に描いて、という注文を出しました。

さすがミッド女史です。ブラボー!!地方銀行の展覧会に出せそうですね!
ついでに描いてきた人の位置がちょっと危ない気もするけど(^_^;)


次回はAIコラムの「後半」をお届けする予定です。
お楽しみに。

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